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盛岡地方裁判所 昭和28年(行)9号 判決

原告 菅原直衛

被告 岩手県知事

主文

昭和二十五年二月五日岩手県農地委員会が同県東磐井郡薄衣村字塞の神九十四番山林七反二畝歩のうち四反歩につき樹立した買収計画の取消を求める原告の本件訴はこれを却下する。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「岩手県農地委員会が昭和二十五年二月五日同県東磐井郡薄衣村字塞の神九十二番山林六反二十歩のうち四反八畝歩及び九十四番山林七反二畝歩のうち四反歩につき樹立した未墾地買収計画はこれを取り消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として、請求趣旨記載の九十二番山林六反二十歩及び九十四番山林七反二畝歩の二筆は元原告の所有であるところ、昭和二十五年二月五日県農地委員会が右九十二番山林の全筆及び九十四番山林のうち四反歩につき旧自作農創設特別措置法第三十条第一項第一号に則り請求趣旨記載の未墾地買収計画を樹立してその旨公告し書類を縦覧に供したので、原告は同月二十日右山林二筆につき異議を申し立てたところ、同委員会は同年六月三十日前記九十四番山林につきこれを却下する旨の決定をなし右決定の謄本を同年七月十九日原告に送達したのみで九十二番山林については何等の決定もしなかつた。そこでこれを不服とした原告は更に同年七月二十二日右山林二筆につき被告知事に対し訴願したところ、昭和二十八年三月三十一日附をもつて右九十二番山林六反二十歩のうち四反八畝歩についてのみ訴願を棄却しその余の部分についての訴願を認容し買収計画より除外する旨の裁決をなし右訴願裁決書の謄本は同年七月三十一日原告に送達された。

しかしながら前記買収計画は、右九十二番山林六反二十歩については訴願裁決の結果そのうち四反八畝歩を、九十四番山林七反二畝歩については当初よりそのうち四反歩を、それぞれ買収すべきものと定めたいわゆる一部買収であるにかかわらず、単に面積をもつてこれを表示したのみで、図面を添付する等の方法により具体的にその如何なる部分を買収すべきものとしたのかその範囲を特定しなかつたのであるから買収範囲不特定の違法を免れない。しかのみならず右二筆の山林とも土質劣悪で土層も浅く、到底これを開墾して農地を造成するに適しない土地であるところ、しかも右各山林は原告にとつては唯一の採草地であるからして、若しこれを買収されるにおいては牛馬の飼料に事欠き、延いては原告の農業経営上支障を来す虞があるのであつて、この面からしてもこれを買収するのは相当でないものといわなければならない。以上いずれの点よりするも前記未墾地買収計画は違法であり、且つ右の違法は取り消し得べき瑕疵に該当するからこれが取消を求めるため本訴請求に及ぶと述べた。

(立証省略)

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として、原告主張の二筆の山林がもと原告の所有であつたところ、その主張の山林につき岩手県農地委員会が原告主張日時その主張の法条に基き未墾地買収計画を樹立してその旨公告し書類を縦覧に供したに対し、原告より異議の申立次いで訴願がなされ、原告主張日時その主張のように決定、裁決をなし、その各処分書の謄本を原告に送達したこと、以上の事実は認めるが原告その余の主張事実は争う。

昭和二十五年六月三十日県農地委員会は、右九十二番山林全筆及び九十四番山林のうち四反歩について樹立した前記買収計画に対する原告の異議申立はいずれもこれを却下する旨の決定をしたのであつたが、右却下決定書作成に当り、事務上の手違いから右九十二番山林に関する記載を遺脱したのである。しかしそのことの故に前記買収計画の効力に何等の影響を及ぼすものでないこと勿論である。なお被告知事が昭和二十八年七月三十一日附買収令書をもつて前記九十二番山林六反二十歩のうち四反八畝歩を買収したのであつたが、後日前記事務上の手違いを発見したので昭和二十九年一月九日附「二九開」第三六号をもつて右九十二番山林のうち四反八畝歩に関する被告知事の買収処分を取り消しその旨原告に通知したのである。県農地委員会が前記買収計画樹立に当り、九十四番山林七反二畝歩のうち買収すべき部分四反歩につき、また被告知事が前記訴願に対する裁決に当り右九十二番山林六反二十歩のうち買収すべき部分四反八畝歩につきいずれも図面を作成してその範囲を明確にし買収計画書類に添付して縦覧に供したのであつて、現地においては勿論買収手続上も買収範囲は特定しているのである。しかして右各山林はいずれも土質、土層、傾斜その他の自然的諸条件が良好でこれを開墾して農地を造成するに適しており、しかもこれを買収するも別段原告の採草に事欠かず、況やその営農上支障を来す虞もないのであるから、右買収をもつて相当でないとはいえない。しからば前記未墾地買収計画は適法であつて、何等原告主張の違法はないからして原告の本訴請求は失当として棄却さるべきであると述べた。(立証省略)

理由

よつてまず原告主張の九十四番山林七反二畝歩のうち四反歩に関する買収計画の取消を求める本件訴が適法に提起されたものであるか否かにつき案ずるに、原告が当初岩手県農業委員会を被告として原告主張の九十二番山林六反二十歩のうち四反八畝歩に関する買収計画の取消を請求すると同時に、被告知事を相手方として右山林に関する買収処分の取消を求めていたのであつたが、昭和二十九年四月六日当裁判所に対し右同日附準備書面をもつて右買収処分取消の訴を取り下げ、新たに前記農業委員会を被告として原告主張の九十四番山林七反二畝歩のうち四反歩に関する買収計画の取消を求める申立をなしたものであることは本件記録上明らかである。ところで原告が右九十四番山林に関する訴願の裁決書謄本の送達を受けたのは昭和二十八年七月三十一日であることについては当事者間に争いがない。しからば右山林に関する買収計画の取消を求める訴は、前示訴願の裁決書謄本の送達を受けた日の翌日である同年八月一日より旧自作農創設特別措置法第四十七条の二所定の出訴期間一ケ月以内にこれを提起すべきであつたにかかわらず、右期間経過後の昭和二十九年四月六日に至りこれを提起したのであるから右訴は不適法な訴として却下さるべきこと明らかである。

よつて次に前示九十二番山林六反二十歩のうち四反八畝歩に関する本件買収計画の適否につき案ずるに、成立に争いのない甲第一、二、三号証及び乙第一号証の三によれば、初め県農地委員会が右九十二番山林六反二十歩全部及び九十四番山林七反二畝歩のうち四反歩につき未墾地買収計画を樹立したのであつたが、原告から異議の申立がなされるや、昭和二十五年六月三十日これに対する決定をなすに当り、右九十四番山林についてはこれを却下する旨の決定をしながら、九十二番山林については決定そのものを遺脱し、単に決定書の記載を脱洩したにすぎなかつたのではなかつたこと、しかるに原告は、右九十二番山林に対する異議について決定がなかつたのに、右九十四番山林に対する異議却下決定と共に不服ありとして同年七月二十二日被告知事に訴願したところ、昭和二十八年三月三十一日被告知事は右九十二番山林六反二十歩のうち四反八畝歩については訴願を棄却し右九十二番山林のうちその余の部分及び九十四番山林については訴願を認容して前示買収計画を取り消す旨の裁決をしたこと、以上の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠がない。

してみると前示九十二番山林六反二十歩に関する買収計画は訴願裁決の結果、そのうち四反八畝歩に変更されたものの如くであるが、しかし右訴願裁決は、この点については異議却下決定を経ないでなされた違法な訴願に基くもので本来受理し得べからざるものにつきなされた裁決であるからして違法といわなければならず、従つて買収計画変更の効力を生ずるに由なく、本件取消請求の対象として現に存在する買収計画は、昭和二十五年二月五日県農地委員会の樹立した前示九十二番山林六反二十歩全部に関する買収計画それ自体であるといわなければならないのであつて、原告が本訴において取消を求めているのはそのうち四反八畝歩である。しからば原告の、前示九十二番山林に関する買収計画は一部買収であるのにその範囲が不特定であるから違法であるとの主張は失当たるを免れない。

しかして成立に争いのない乙第二、三号証、証人藤野福夫及び三浦富夫の各証言によれば、右九十二番山林は塞の神未墾地買収地区に属し、南北に通ずる県道及び東西に走る村道に近いので交通の便極めて良く、その地形は北向の緩傾斜で気温は五月から十月にかけ平均十七度の好条件に恵まれ、しかして土質は古成層の粘盤岩地帯で、一部岩石の混じつた部分があるとはいえ、一般に黒色の腐植壤土で土層も浅くはなく、且つ附近の沢水を利用し得るので用水の便も悪くはないこと、前示買収計画樹立当時は右九十二番山林には七年生位の雑木が生立していたが、昭和二十八年暮から翌二十九年春にかけ伐採し尽されて現在その跡地に雑木の稚木が生えているにすぎないこと、しかして右塞の神地区に対する入植及び増反希望者は十名にも及び地元の開発要望が強いこと、以上の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠がない。

果してそうだとすれば、前示九十二番山林は、立地条件その他土地そのものの自然的条件からして正に開墾適地といわなければならないところ、しかもこれを開発して農地を造成するについて現実の必要に迫られているのであるからしてこれにつき県農地委員会が前示未墾地買収計画を樹立したのはまことに相当であつて何等原告主張の違法はない。

なお原告は右山林を買収されるにおいては原告唯一の採草地を失い営農上支障を来す虞があるから、このような土地の買収は相当でないと主張するけれども、原告の右主張事実を認めるに足りる何等の証拠がない。

なお岩手県農業委員会の地位は昭和二十九年六月十五日法律第百八十五号農業委員会法の一部を改正する法律附則第二十六項により被告岩手県知事が受け継いだものである。

よつて原告の本訴中、前示九十四番山林七反二畝歩のうち四反歩に関する部分は不適法として却下すべく、その余の九十二番山林六反二十歩のうち四反八畝歩に関する請求は失当として棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 村上武 下斗米幸次郎 佐藤幸太郎)

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